絶対という言葉は好きじゃないけれど

ある日の昼下がり。
外はいい陽気だというのに、不正義教本部は薄暗い。
その二階で、飛翔は作業をしていた。

サクラの材木で作られた箱。
蓋には白鳥らしき鳥が彫られており、中には金属の何かが見える。
オルゴールだった。
飛翔は何回もネジを巻き、最終確認をしている。
「よーし」
ちょっと不敵な、満足そうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「やっとできたぞぅー!」
叫ぶと、飛翔はオルゴールの音色と同じ節を鼻歌で歌いながら(調子は全く違うが)、
机の引き出しを勢いよく開けた。
中から小箱と包装紙を取り出し、上機嫌でラッピングしていく。
しかし包装が終わり、リボンをかける段階になったとき
ふいにぴたりと飛翔の動きが止まった。

リボンを持っていた手を下ろし、席を立つ。
そして、二階唯一の光源である窓から外を見た。
「……」
外には物々しい雰囲気の男たちがうろついている。
それをしばらく見つめ、ややあってから飛翔は目を伏せた。
「助けなきゃ」
ぽつりとつぶやくと、先ほどまでの浮かれた表情はどこへやら、
神妙な面持ちでオルゴールの前に立ち、それを手に取った。
「……」
そのまま停止する。また思考の海に沈んだようだ。


あの男たちは、郵便配達仲間のひとりを捕らえにきたヒトタチだ。
事情は欠片だが飲み込んでいる。
いろいろな考えをする人がいるから否定をするつもりはないけれど
でも、誰かの人生を自分のために使うっていうのはオカシイと思う。
そしてその誰かがボクの友達ならなおさら助けたいって思う。
…負けるつもりは無い。
だけどボクはどうやってこの世界にいるのかわかっていない。
毎日モンスターと戦ってはいたけれど
平常心じゃない状態で戦うのは今度がはじめて。
そしたら、もともと精神体としての性質が強い自分の身になにが起こるかわからない。
もう二度とみんなに会えないかもしれない。


ぶんぶんと飛翔は首を振った。
「ネガティブよくない、よくない!
そう思ったら余計にそうなっちゃうぞ☆」
わざとおちゃらけて自分に言い聞かせてみる。
「でも…」
作業机のうえにちょこんと座らせてある人形を見る。
ある人物を模した人形で、実は一時期持ち歩いていた。
恥ずかしいからヤメレと、“にんじんまにあ”にどつかれてからは机に座らせている。
しばらくその状態で停止していたが、ふう、と息をついた。
「妄想したよなぁ」
飛翔の脳裏に、どこかの舞踏会で憧れの人と踊っている姿が浮かんだ。
「んでも、あくまで妄想であって巻き込んじゃだめおかしいもん」
また頭を振って、自分の妄想を振り切ろうとするが妄想というものはそう簡単に消えない。
30秒くらい努力したがどうにもならないので、首を振るのはやめた。
そして考える。
もし、これから行く戦いの中で、ボクがこの世界にいれなくなったとき、
ボクはどう思うだろうか、と。

「絶対後悔する」
答えはすぐに出た。
――届かなくてもいい。
――ただ望むは、この世界で共に生きること。
だったらそれが叶わなくなったら?
近いうちにそうなるとしても、すこしでも長くこの時に留まっていたいと思っている。
それが急にダメになったら、心の底から後悔するだろう。
絶対、なんて言えることなんてこの世にほぼ無くて、そんな言葉は好きじゃなかったけど
これに関しては間違いないと飛翔は思った。
急に世界にいれなくなるなんて、可能性は限りなく低い。
心配性にもほどがある、ネガティブだと思う。
でも、可能性が0じゃないなら、こればっかりは…

飛翔は決意の表情を浮かべて、本棚の後ろの隠し扉を勢いよく開けた。

飛翔が1階に下りてくる。
手に持っているのは、小さな箱と平たく大きめの箱のふたつ。
「あ、飛翔さん、お…」
赤い髪の人形、“カルニア”が声をかけようとして、途中でやめた。
飛翔の横顔は果てしなく暗かったからだ。
しかしカルニアの声に気がついて、ぱっと普段の表情になった飛翔は
1階の使い魔たちのもとへ歩いてきた。
「やあ、みんな元気かい?」
ひゅるるるるー、と風の精霊“ちりめんじゃこ”が寄っていく。
飛翔は指でちりめんじゃこの頭をなでると、一同のほうを見た。
「これからこの間話した、奪還作戦に行ってくるよ。
だから、その間の郵便配達のお仕事、よろしくね。
そうだなぁ…にんじんまにあ、キミにやってもらおっかな」
「えぇ、おれ?!」
指名を受けたにんじんまにあは声をあげる。
「いやなのぉ?」
「そうじゃないけどよー…いつまでやれっていうんだよ」
紫色のにんじんに乗ったにんじんまにあは、上下に動いた。
飛翔の目に一瞬ネガティブの色が宿ったが、すぐににこりと笑い、
にんじんまにあの頭をボスボスと叩いた。
「やーだなぁ、ボクが戻ってくるまでに決まっているじゃないか!
ダイジョーブダイジョーブ、ぱーっと作戦終わらせて戻ってくるから!」
「わかったから、叩くのやめろ」
不自然なほど、にんじんまにあはあっさりと承諾した。
飛翔はそれにすら気がつかないで、じゃあねー、などと言いながら、
不正義教本部を後にした。




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